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チーム 2017年04月25日 更新

高橋 淳一選手現役引退、 アイスバックスジュニア育成スタッフ就任へ

 H.C.栃木日光アイスバックスは、本日4月25日(火)栃木県庁県政記者クラブにて
記者会見を行い、高橋淳一選手(DF、背番号34)の今シーズン限りでの現役引退を
発表しましたのでお知らせ致します。
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 高橋淳一選手は、1996年に日光高校(現日光明峰高校)を卒業。同年、古河電工
アイスホッケー部に入団後、1年間のチェコ留学を経て、第32回日本リーグで
トップリーグデビュー。1999年には同部廃部を経験したものの、その後も日光
アイスバックスの中心選手として活躍。2003-2004シーズンには主将も務めま
した。

 2004-2005シーズンに王子イーグルス(当時王子製紙アイスホッケー部)に移籍。
2007-2008シーズンには王子イーグルスのアジアリーグ優勝に大きく貢献しました。
2011-2012シーズンに日光アイスバックスに復帰、同年のアジアリーグ準優勝に
守備の中心選手として大きく貢献しました。

 2014-2015シーズン10月11日(土)白鳥アイスアリーナで行われた王子イーグルス戦
では当時の国内トップリーグ(日本リーグ・アジアリーグ)最多出場数記録保持者で
ある桜井邦彦氏(現王子イーグルス監督)の持つ618試合出場の記録を更新、以後も
全ての試合に出場し、2016-2017シーズン11月6日(日)テクノルアイスパーク八戸で
行われた東北フリーブレイズ戦では、アジアリーグ初となる通算500試合出場の金字塔を
樹立。

 現役21年で、国内トップリーグ通算753試合、アジアリーグ通算528試合出場数は
いずれも歴代1位の記録。あらゆる場面でも体を張る献身的な守りで、チームはもちろん、
リーグの主力選手として活躍しました。

 なお、高橋選手の今後については、アイスバックスの運営会社である栃木ユナイ
テッドと業務委託契約を結び、ジュニア育成スタッフに就任することが決まって
います。また、アジアリーグ2017-2018シーズンの日光ホーム開幕節では、セレモニーを
予定しています。
高橋選手のプロフィール詳細は、下記の通りになります。
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高橋 淳一(たかはし じゅんいち)
■背番号:  34
■ポジション:DF
■生年月日: 1978年1月23日
■身長/体重:183cm/83kg
■経歴:   日光高校→PZクラドノ(チェコ)→古河電工→日光アイスバックス→王子イーグルス
■代表歴:  世界選手権代表     2回
       オリンピック予選代表  1回
       冬季アジア大会代表   1回
       世界ジュニア選手権代表 2回

■高橋選手コメント:
「今シーズンをもって現役を引退することになりました。会社から、契約期間満了の
 打診を受け、現役引退を決意しました。小学校2年生からアイスホッケーを初めて、
 ここまでやれるとは思ってもいなかった。幸せな時間であった。今となっては、
 753試合はあっと言う間だと感じている。日光出身で、小・中・高校、古河電工、
 王子イーグルス、アイスバックスと色々渡りあるいてきて、お世話になった人を
 招待して最後のプレーを見てほしかったという思いは正直あるが、ホッケーに
 悔いはない。バックスにもう一度戻してくれたことは、チームに感謝している。
 ここ数年、歳を重ねるごとに、来年もホッケーができるかという思いが常に自分の
 中にあった。その日が今年になったが、ホッケーに悔いはない。21年間の現役生活を
 振返って、バックスの初タイトルとなった全日本選手権では、主力として出場できて、
 バックスへ初めて成し遂げれたので、印象に残っている。
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 古河電工でデビューして、霧降に立った時に王子に勝った試合で、その時のファンの
 声援や熱さは、今でもここからスタートして、今に至ると感じている。
 入社した時は、10年、300試合できればいいと思っていたが、こんなに長くできるとは、
 思ってもいなかった。プロになって、ここまで自分を追い込めたことが分岐点となった。
 王子からバックスに戻る時は、当時の監督から声を掛けてもらって、鳥肌が立ったのを
 今でも覚えていて、それが決めてとなった。戻ってホーム霧降に立った時は、やってやるぞ、
 このチームで優勝するぞという思いで、興奮したのを覚えている。
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 出場数に関しては、丈夫な体に生んでくれた両親に感謝している。強がりや、
 やせ我慢、痛くても痛がらないようにプレーして、それだけでここまでやってきた。
 表情で若い選手にはまだまだ負けないという気持ちを出して、21年間プレーしてきた。
 プロ選手である以上、あと何回練習ができて、あと何回試合ができるか分からない。
 後輩には、危機感を持って毎年毎年、一日一日を大切にしてほしいと伝えたい。
 チームが悪い時も、いい時も経験して、若い選手には今の当たり前のことが普通に
 なり、チームも実力をつけ、会社も成長してきている。これから子供達が憧れるような
 チームになってほしい。
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 引退を子供に伝えた時は、ショックを受けて、涙を見せていた。親がプレーしている
 記憶が残るまではホッケー選手でいたいという気持ちがった。一番下の子供にも焼き
 付いていると思う。プレーをする上で、原動力になった。
 今度は、応援される側から応援する側になるから、長男もプロを目指す中で、
 身近で当たり前の存在にだったが、プロの世界の厳しさも伝えた。
 アイスホッケーをうまくなるためにも、一日少しでも努力しないとたどり着けない
 世界であるが、それを乗り越えて、夢を叶えて欲しい。
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 ジュニア育成スタッフとして、これからどういう形で携われるかは分かりませんが、
 母校の部員数が減ってきたり、栃木のアイスホッケー文化を元気にさせるために
 力を注ぎたいです。もちろんアイスバックスへも何かで貢献できることがあれば、
 喜んで手伝をしたい。バックスに入団する選手は皆、バックスのユニフォームを
 着て、霧降の雰囲気に憧れを持っている。そう言った選手を日光からどんどん
 増やしていきたい。
 長くプレーできたのは、ファンの方の声援があってである。若い時より動きは
 悪くなっている部分もあったが、試合ではたくさん応援してくれて、幸せな
 ホッケー生活を送らせてくれたことに感謝しています。」
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■セルジオ越後シニアディレクターコメント:
「バックスが一番苦しい時にチームに携わることになり、高橋選手がまだ王子イー
 グルスに在籍している時に、敵として対戦していて、日光出身の選手が地元に
 戻ってきて活躍して、チームを助けてくれることを願っていたところに縁があり、
 バックスの再生に大きく力をかしてくれた。戻ってきてすぐ準優勝に導いてくれて、
 全日本選手権ではクラブとして初めてのタイトル獲得に貢献してくれた。
 またキャリアで欠かせないのは出場数で、職人で鉄人であり続けてくれた。
 技術だけでなく、体はもちろん気持ちの強さがあったからだと思う。プロフェッショ
 ナルの部分で、チームにもたらしてくれた功績は大きいと思う。現役は一生続けて、
 一緒に過ごすことができないが、選手としてお別れすることになったが、日光出身で、
 チームも日光にある。これから付き合いも色んな形でバックスを支えてくれることは
 間違いないと思う。彼がいなければ、今のバックスはないと思う。
 戻ってきてくれて、色んな選手がバックスに来てくれた。スクールで教えていた
 寺尾選手が今チームに育って一緒にプレーしている。チームだけでなく、アイス
 ホッケーのために尽力してくれて、本当のレジェンドだと思う。
 6年一緒に苦楽を共にしたが、自分にとって大きな思い出となっている。歴史は人が
 いないと作れない。今後も含めて、バックスの歴史に残る看板選手だと思う。
 これからも変わらずに、バックスを2人で見守っていきたい。
 本当に長い間、バックスのため、アイスホッケーのためお疲れ様でした。」
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